まるで虹のかけらを集めたかのようなフローライト。その多彩な色彩は私たちを魅了し、アクセサリーとして日常に華を添えてくれます。しかし、この美しい宝石には、その魅力と表裏一体の「個性」、つまり弱点も存在します。また、カットされた宝石だけでなく、自然が生み出したままの「原石の形」にも、フローライトならではの魅力が隠されています。本記事では、フローライトの弱点である硬さともろさ、そしてその弱点を補って余りある原石の形状美や結晶系の秘密について、専門家の視点から分かりやすく解説します。

この記事で分かること
  • フローライトの弱点:低い硬度(モース硬度4)と劈開(へきかい)の強さ
  • フローライトの原石が持つ形状の魅力と、それが結晶系とどう関係しているか
  • 宝石を分類する7つの結晶系と、それぞれの代表的な宝石
  • フローライトが属する「立方晶系」の特徴と、典型的な原石の形(立方体、正八面体など)
  • 立方晶系の宝石が多色性を示さない理由と、他の結晶系との違い
  • フローライトの原石を活かしたアクセサリーや、劈開を考慮したカット技法

硬さともろさがフローライトの弱点:美しさの裏にある繊細さ

フローライトは、トルマリンと並んで非常に多彩な色合いで産出することが知られています。この豊かな色彩はフローライトの大きな魅力ですが、一方でアクセサリーとして扱う際には注意が必要なネガティブな特性も持ち合わせています。
その一つが、比較的低い硬度です。フローライトのモース硬度は4。これは、ひっかき傷に対する抵抗力を示す指標で、10段階(1が最も柔らかく、10が最も硬いダイヤモンド)で評価されます。モース硬度4というのは、例えば人間の爪(約2.5)よりは硬いものの、一般的な窓ガラス(約5.5)やナイフの刃(約5.5~6.5)よりも柔らかいレベルです。そのため、日常的にフローライトを身に着けていると、他の硬い物質と接触することで表面にスリ傷がつきやすいと言えます。

もう一つのネガティブな特性は、「劈開(へきかい)」が生じやすいことです。劈開とは、結晶がある特定の方向に、外部から一定以上の力が加わると比較的簡単に、平らな面に沿って割れてしまう性質を指します。フローライトの劈開は「完全」であり、これは特定の方向に非常に割れやすいことを意味します(フローライトは正八面体の4方向に完全な劈開を示します)。
このように、フローライトは硬度と劈開の点でデリケートな側面を持っていますが、そのデメリットを補って余りある多彩な色の魅力があるため、衝撃を受けにくいペンダント・トップやイヤリング(ピアス)などのアクセサリー素材として広く活用されています。

フローライトの注意点

  • モース硬度4: スリ傷がつきやすい。
  • 完全な劈開: 衝撃で特定の方向に割れやすい。
  • 耐衝撃性: 比較的低い。

優しく扱えば、長く美しさを保てます。

フローライトの魅力

  • 非常に多彩な色(紫、青、緑、黄、無色など)
  • 美しい色帯(カラーバンド)
  • 特徴的な原石の形状
  • 蛍光性を持つものもある

繊細さと美しさが共存する宝石です。

この章のポイント
フローライトは硬度4と劈開の強さが弱点だが、多彩な色でアクセサリーとして人気

原石の形も宝石の魅力:自然が創り出す幾何学美

フローライトは、その豊かな色彩だけでなく、時に研磨加工を施さなくても十分に魅力的な「原石の形」そのものにも注目が集まります。デザイナーによっては、この自然が創り出したままの形状を活かして、ユニークなアクセサリーを生み出すこともあります。
宝石の原石がどのような形をとるかは、その宝石が属する「結晶系(けっしょうけい)」によって大きく左右されます。オパールや黒曜石のような非晶質(原子が規則正しく並んでいない)のものを除き、ほとんどの宝石は原子が三次元的に規則正しく配列した結晶です。この原子配列のパターン(対称性)に基づいて、全ての結晶性宝石は以下の7種類の結晶系に分類されます。それぞれの結晶系に属する代表的な宝石の例も併せてご紹介します。

宝石の7つの結晶系と代表例

  • (1)立方晶系(とう軸晶系):
    ダイヤモンド、フローライト、ガーネット、スピネルなど
  • (2)正方晶系:
    ジルコン、ルチル、スキャポライトなど
  • (3)六方晶系:
    エメラルド(ベリル)、アパタイト、アクアマリン(ベリル)など
  • (4)三方晶系(菱面体晶系):
    ルビー・サファイア(コランダム)、トルマリン、水晶(クォーツ)など
  • (5)直方晶系(斜方晶系):
    トパーズ、ペリドット、アイオライト、タンザナイトなど
  • (6)単斜晶系:
    クンツァイト(スポジュミン)、スフェーン、ジェダイト(翡翠輝石)など
  • (7)三斜晶系:
    ラブラドライト(長石)、ターコイズ(トルコ石)、カイヤナイトなど
この章のポイント
フローライトの原石の形は結晶系で決まり、7つの結晶系が宝石の多様な形状を生む

フローライトが属する立方晶系とは:サイコロとピラミッドの形

フローライトは、前述の7つの結晶系のうち「立方晶系(とうじくしょうけい)」に属します。この立方晶系は、最も対称性の高い結晶系であり、その名の通り、サイコロのような立方体や、二つの四角錐を底面で合わせたような正八面体といった、非常に整った形で原石が産出することが特徴です。ここでは、主に立方晶系について詳しく見ていきましょう。

(a)立方体(Cube):
右の図(a)は、立方体を示しています。これは6つの同じ大きさの正方形の面で囲まれた形です。フローライトは、この立方体の形で産出することが比較的多いと言われています。そのシャープなエッジと平らな面は、自然の造形美を感じさせます。

立方体の結晶図 (a)

(b)正八面体(Octahedron):
次に、立方晶系に属する宝石がよく示す形として、図(b)のような正八面体があります。これは、8つの同じ大きさの正三角形の面で囲まれた形で、二つの四角錐(ピラミッド)をその底面同士でぴったりと合わせたような形状をしています。ダイヤモンドは、立方体よりもこの正八面体の形で産出する割合が多いことで知られています。フローライトも、劈開を利用してこの形に加工されることがあります。

正八面体の結晶図 (b)

(c)菱形十二面体・偏菱二十四面体など:
立方晶系に属する宝石は、立方体や正八面体の他にも、図(c)に示すような、より多くの面を持つ形で産出することもあります。例えば、ガーネットなどでは、12個の菱形の面で構成される「菱形十二面体」や、24個の凧型の面で構成される「偏菱二十四面体(トラペゾヘドロン)」といった形状が見られます。これらもまた、立方晶系の高い対称性を反映した美しい形です。

偏菱二十四面体などの結晶図 (c)

ある宝石がどの結晶系に属するかが分かると、その宝石が「多色性(たしょくせい)」という性質を持つかどうかを予測することができます。多色性とは、宝石を見る角度を変えると、色が異なって見える現象のことです。
重要な点として、立方晶系の宝石は多色性を示しません。これは、立方晶系の結晶内部では、光がどの方向から入っても同じように扱われる(光学的に等方性である)ためです。フローライトは立方晶系に属するため、多色性はありません。つまり、フローライトの原石をどの方向から観察しても、色の変化は見られないということです(ただし、色帯がある場合はその模様の見え方が変わることはあります)。

一方、立方晶系以外の6つの結晶系(正方晶系、六方晶系、三方晶系、直方晶系、単斜晶系、三斜晶系)に属する宝石は、原則として多色性を示します(光学的に異方性であるため)。ただし、これらの結晶には「光軸(こうじく)」と呼ばれる特別な方向があり、光軸の方向から観察した場合には多色性が見られません。光軸は、一般的に結晶が伸びている方向(伸長方向)と一致することが多いです。
例えば、ルビー(三方晶系)は二色性(2つの異なる色が見える)を示す宝石です。ルビーの原石は多くの場合、六角柱状をしています。この柱の伸びる方向が光軸に相当します。ルビーの原石を側面(光軸に垂直な方向)から観察すると、赤色と紫がかった赤色(または黄色がかった赤色)の2色が見られます。しかし、光軸の方向(六角形の断面に垂直な方向)から観察すると、赤色のみが見え、色の変化は認められません。

立方晶系の光学的特徴

  • 単屈折性: 光が入射しても一つの光路しかとらない。
  • 多色性なし: どの方向から見ても色は同じ(色帯は別)。
  • 偏光器で見ると: 常に暗い(消光位)。

これらの特徴は、フローライトを含む立方晶系の宝石を鑑別する際の重要な手がかりとなります。

この章のポイント
フローライトは立方晶系で立方体や正八面体で産出し、多色性を示さない

フローライトの原石の特徴:自然のままの造形美

ここでは、実際に産出したフローライトの原石の例を見てみましょう。これらの写真は、フローライトが自然界でどのような姿をしているかを示しています。

右上の写真は、美しい紫色のバイオレット・フローライトの原石です。はっきりとした立方体の形をしているのがよく分かります。結晶の面には、成長の過程でできたと思われる微細な模様も見られ、自然の息吹を感じさせます。

紫色のバイオレット・フローライトの立方体原石

右下の写真は、鮮やかなオレンジ色のオレンジ・フローライトの原石です。ここでも、いくつかの立方体の結晶が寄り集まっている様子が観察できます。透明感のある結晶が光を透過し、美しい色合いを際立たせています。
市場でよく見かける正八面体の形をしたフローライトの原石は、その多くが、フローライトが持つ強い劈開の性質を利用して、人工的に割って形を整えられたものであると推測されています。天然のままの完璧な正八面体の結晶は、比較的稀少です。

オレンジ・フローライトの立方体結晶群

フローライトの原石は、その立方体や(劈開を利用した)正八面体といった特徴的な形をそのまま活かしてアクセサリーに仕上げられることもありますが、もちろん研磨されて様々な形にカットされることもあります。その際、フローライトが持つ強い劈開の性質を考慮したカットが施されることがあります。例えば、「ステップ・カット」という階段状のファセット(研磨面)を持つカットスタイルを施す場合、衝撃に弱い四隅に斜めのファセットを設け、欠けを防ぐために全体の輪郭を八角形(オクタゴン)にすることが一般的です。
また、ステップ・カットの他に「クッション・カット」という、角が丸みを帯びた四角形で、大きな半径を持つ4つの曲線で構成されるカットスタイルもフローライトに用いられることがあります。このカットは、外部からの強い衝撃を緩和し、石の破損を防ぐように工夫された形状の一つと考えられています。

フローライトのカット:劈開への配慮

  • 原石のまま: 立方体や劈開による八面体の形状を活かす。
  • ステップ・カット(八角形): 四隅をカットし、衝撃による欠けを軽減。
  • クッション・カット: 角を丸くし、衝撃を緩和する形状。

カット方法にも、フローライトの繊細な性質への配慮が込められています。

この章のポイント
フローライト原石は立方体などで産出し、劈開を考慮したステップカットやクッションカットが施される

まとめ

フローライトは、その美しい多彩な色合いで私たちを魅了する一方で、モース硬度が4と比較的低く、特定の方向に割れやすい「劈開」が強いという、取り扱いに注意が必要な側面も持っています。しかし、これらのネガティブな特性を理解し、適切に扱うことで、その魅力を十分に楽しむことができます。特に、衝撃を受けにくいペンダント・トップやイヤリングなどでの使用が推奨されます。

また、フローライトの魅力はカットされた宝石だけでなく、自然が創り出した原石の形そのものにもあります。フローライトは立方晶系に属するため、原石はサイコロのような立方体や、二つのピラミッドを合わせたような正八面体といった、整った幾何学的な形状で産出します。このシンプルな形と多彩な色の組み合わせは、独特の魅力を放ち、原石をそのまま活かしたアクセサリーとしても人気があります。立方晶系の特徴として、フローライトは多色性を示さないことも覚えておくと良いでしょう。

フローライトは、その硬さや劈開といったネガティブな特性を抱えつつも、その美しさから今後もアクセサリー素材として、また鉱物標本として、さらに多くの人々に愛され、活用されていくことでしょう。その繊細な性質を理解し、大切に扱うことが、フローライトと長く付き合う秘訣です。

この記事のまとめ
  • フローライトの弱点は低い硬度(モース硬度4)と強い劈開で、スリ傷や破損に注意が必要。
  • その多彩な色から、衝撃を受けにくいペンダントやイヤリング等のアクセサリーに多用される。
  • フローライトは立方晶系に属し、原石は立方体や正八面体の形で産出する。
  • 宝石は7つの結晶系に分類され、結晶系によって原石の形や光学的特性が決まる。
  • 立方晶系の宝石(フローライト含む)は多色性を示さない。
  • フローライトのカットには、劈開を考慮したステップカット(八角形)やクッションカットが用いられる。
  • 原石の形状を活かしたアクセサリーも魅力の一つ。
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