言わずと知れたユーミンこと、松任谷由実さん。すでにデビューから40周年を迎えたそうです。その芸歴の長さもさることながら、ヒットした曲の多さでもギネスものでしょう。
ユーミンは結婚していまの松任谷由実となりましたが、旧姓の荒井由実の時代にもかなり名曲を残しており、ジブリ映画での「ルージュの伝言」などご存知の方も多いでしょう。
荒井由実の時代はどちらかというと、少女から大人の女への過渡期の繊細な心情をあらわした曲がテーマでしたが、松任谷由実になってからは、大人の女性の恋愛の詩を軽快な曲にのせています。その中でも「真珠のピアス」という名曲は忘れられない一曲です。
松任谷由実さんのこれまでの足跡はどんなものだったのでしょうか。また、「真珠のピアス」にこめられた思いとは。
不良少女だったユーミン
ユーミンは1954年に、東京八王子市にある老舗の呉服店に生まれました。兄弟は多く、五人兄弟の二女でした。6歳のときにピアノを習い始め、11歳から三味線、14歳からベースをはじめます。
中学時代から夜遊びに繰り出し、そのころ文化人の溜まり場だったキャンティというイタリアンの店に入り浸っていました。そこでかまやつひろしとも知り合います。フィンガーファイブのおっかけもしていたとか。
不良少女だったころの思い出を歌った曲に「セシルの週末」があります。曲の主人公であるセシルは運命の人と出会い、不良生活から足を洗いますが、ユーミンにとっての運命の人はもちろん夫である松任谷正隆さんですね。
呉服店という実家の環境から、美術に関心を持ち、立教女子学院高等学校に進学してから、美大予備校のお茶の水美術学院に通いはじめます。そのころの同級生から影響を受け、ランボーやプレヴェールなどを愛唱しました。芸大を目指していましたが残念ながら落ちて、多摩美術大学の日本画科に進みます。絵に打ち込んでいたこのころのことを曲にしたのが「悲しいほどお天気」です。美大に通っていたころの仲間は美術の世界で頑張っているのに、自分はそこから外れてしまった、その挫折感を曲にしています。
高校在学中から作曲家として音楽活動をはじめ、大学に入学した1972年にかまやつひろしのプロデュースで「返事はいらない」のシングルでデビューしました。1973年にはファーストアルバム「ひこうき雲」を発売し、本格的な音楽活動がはじまります。運命の夫、松任谷正隆さんとはこのファーストアルバムで知り合っています。当時ティンパンアレイというバンドにいた正隆さんはスタジオミュージシャンとしても活躍していましたが、「ひこうき雲」にはキーボードで参加していました。
実は正隆さん、「ひこうき雲」のサビの部分のコード進行を聞いた瞬間に、ユーミンとの結婚を決意したとか。信ぴょう性のほどはわかりませんが、たしかにこの曲は誰にも真似のできないユニークなコード進行であることは確かです。
大学を卒業したばかりの1976年にはユーミンは正隆さんと横浜山手教会で結婚していますから、今から考えるとずいぶん若いころに運命の人に巡り合ったといえます。
結婚した当初は専業主婦になるつもりだったらしいのですが、ほどなく松任谷由実の名で音楽活動を再開します。
自ら“天才”と言ってはばからないそのキャラクターと、楽曲制作がノリにのっていたバブルのころの風潮が見事に合致し、ユーミンは時の人となります。
バブルのころの名曲には「恋人はサンタクロース」「埠頭をわたる風」「ダンデライオン」などがあります。
どの曲も大人の恋愛を歌った曲で、当時の若い女性から圧倒的な支持を受けました。このころに「真珠のピアス」も制作されました。
大人の恋愛を歌った「真珠のピアス」
「真珠のピアス」の詩はじつのところ多くを語られていません。しかし、主人公は終わりに近づいた恋をしていること。たぶん今は恋人(といっていいのか)と一緒に住んでいること。恋人にはすでに他に好きな女性がいて、その人と今後暮らすこと。そんなことが詩の行間から読み取れます。
その悲しさや新しい彼女への嫉妬から、主人公は自分の真珠のピアスを片方ベッドの下に落とします。当時はまだ今ほどピアスが普及しておらず、ピアスホールを開けるのはちょっとトンがった趣味の、成熟した女性ばかりでした。
そんな女性がこの曲の主人公なのです。ちょっと先をゆく主人公より、普通の女性を選んだ恋人、という絵も浮かんできます。
ピアスは普通両耳に開けるもの。必ず対なのです。そのことと、恋人同士という意味もかけてあります。真珠のピアスをするのはまず女性。それもベッドの下に片方だけ落ちていたら、その意味は歴然でしょう。引越しをするときに、新しい彼女が目にする可能性、また元の恋人が発見する可能性。いずれも少しビターな思いをすることは確かです。ちょっとした復讐と悔恨がそこに潜んでいるという、まさに大人の恋。
当時、別れに際して、彼の車や部屋に片方の真珠のピアスを残すことがユーミンファンの間でちょっとだけ流行したものです。
今でも輝きを失わないユーミンの楽曲
すでに還暦をすぎているユーミンですが、その旺盛な制作意欲とスレンダーなスタイルは今でも変わりません。派手なライブ活動でも名を馳せていますが、ユーミン自身は、歌が下手なのでせめて演出を派手にしている、と語っています。しかしその深い声こそがユーミンの魅力でもあるのです。
大人になっていく時、やりきれない思いや、悲しい思いをすることもあるでしょう。そんな時に、膨大なユーミンの曲を探せば、あなたの心情にぴったりの一曲が見つかるかもしれません。
「真珠のピアス」の詩の意味がわかるようになったとき、あなたも大人の女性の仲間入りをしたということなのかもしれませんね。
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