スフェーンの語源ともなる「楔(くさび)」とは

スフェーンの原石は楔(くさび)の形で産出します。辞書によると、楔とは堅い木や金属で作ったV字形のもの。楔の用途として、木や石を割り、物を押し上げ、または物の間に差し込んで固定するのに使う。このように記述されています。

楔のひとつとして図1のような形が挙げられます。V字形で下端が鋭利になっています。
楔はギリシャ語で「Sphenos」(スフェノス)と表現され、スフェーンの語源になっています。
図1

スフェーンの原石

スフェーンの原石について、理想的な環境で成長した結晶は図2のような形状になると推測されています。立体図で描かれており、点線は隠れた部分を表す想像線です。上下端は楔の形をしています。
図2
上下端が尖(とが)った形状になることもあります。図3の通りです。少し詳しく図を観察すると、結晶の上下が対称(同じ形)になっているわけではありません。
図2では小さな三角形が存在しています。背後の隠れた個所にも小さな三角形が存在しています。
図3では上部に山形が見られます。下部の背面にも山形が見られます。
図3
原石の形状は宝石の種類によって異なります。例えば、ダイヤモンドの原石の多くは正八面体で産出します。図4の通りです。この他、ルビーやエメラルドの原石は六角柱状で産出します。
図4

多くの分析機器が開発されていない時代、古い時代の鉱物、宝石の専門家は原石の形状から石の種類を判定していました。
楔形になる原石は限られており、他の情報(色、硬さなど)とあわせて、未知の宝石に対してスフェーンと判定したものと思われます。
原石の形状を観察するとき、古い時代の専門家は対称性の重要さにも気付いていました。スフェーンのように上下が非対称の原石やダイヤモンドのように上下が対称の原石は相互にまったく異なる鉱物、宝石であることを見抜いていました。

スフェーンは柔らかい

次にスフェーンのルースの形状をながめてみると、市場に流通している形状はラウンドやオーバル、クッションが多いです。
スフェーンはダイヤモンドのような硬さや靱性(じんせい)がありませんので、スクエアやトリリアントのように尖端部、角部をシャープ(鋭角)にすることはできません。

スフェーンの硬度を他の宝石と比較すると、図5の通りです。いずれもモース硬度で示しています。モース硬度は10段階に分けられています。
最も硬いものを10としています。10の標準石にダイヤモンドを充てています。最も軟らかいものを1としています。1の標準石としてタルクを充てています。
スフェーンの硬度は5.5です。宝石に必要な硬度として7が目安になっています。ですから、スフェーンは軟らかい宝石と位置付けられています。
比較的軟らかいスフェーンは日常の使用に耐えられるのでしょうか。緑色系の広く使われているペリドットの硬度を見ると、6.5です。スフェーンとの硬度の違いはわずかに1です。
1だけの違いなら、ペリドットと同じように日常使用に耐えられると判断されます。しかし、モース硬度の1の違いは大きな意味を持っています。日常の使用では小さな衝撃をたくさん受けます。大きな衝撃はめったに起こりません。小さな衝撃の連続では、モース硬度の1の違いが予想以上に拡大して、スリ傷の発生において両者(スフェーンとペリドット)に大きな差が生まれます。
図5

長年(数年間以上)、日常的に使われて来た青色のガラス製リングを見る機会がありました。テーブル面にはスリ傷がたくさん見られました。ファセット・エッジも欠けが多発していました。この青色の模造石の硬度は5.5です。
この事実から推察すると、宝石の専門書や宝石学者が指摘しているようにスフェーンを宝飾品として市場に出す場合には、リングよりもペンダント・トップやイアリング、ピアスにすることが望ましいと言えます。
どうしてもスフェーンをリングとして使用したい場合、宝飾デザイナーは可能な限り、スフェーンに打撃が加わらないように貴金属で防御するデザイン処理を行うべきと思います。スフェーンを非日常的に使用する場合はリングでも問題ありません。
スフェーンの硬度は5.5で比較的低いです。また、明確な数値はありませんが、靱性も高くはありません。それゆえ、ルースの形状はラウンドやオーバル、クッションが多いです。
スフェーンは硬度や靱性の弱点を抱えても、自身が持つキラキラ感、華やかさは多くの人を惹き付けます。スフェーンは見る方向を変えると、多様な色相を示します。見る人を飽きさせない魅力ある宝石です。

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