ヒスイ(翡翠)と聞くと、多くの人が美しい緑色の宝石を思い浮かべるでしょう。しかし、実際のヒスイの世界はそれよりもはるかに複雑で魅力的です。一般的に「ヒスイ」や「玉(ぎょく)」と呼ばれる宝石には、実は全く異なる2つの鉱物が存在しています。

硬玉(ジェダイト)と軟玉(ネフライト)は、長い間混同されてきた歴史がありますが、鉱物学的には完全に別の石です。また、ヒスイの色彩は緑色だけでなく、赤、白、紫、黒など実に多様です。本記事では、これら2つの「玉」の根本的な違いから、ヒスイの豊富なカラーバリエーションとその発色メカニズム、さらには市場に出回る処理石の見分け方まで、専門的な視点で詳しく解説します。

この記事で分かること
  • ヒスイ(硬玉)とネフライト(軟玉)の根本的な違い
  • 硬度・組織・鉱物組成による科学的な特性比較
  • 緑以外にも存在するヒスイの豊富な色彩
  • A・B・Cタイプの処理ヒスイの種類と見分け方

実は全く別の石:ヒスイ(硬玉)とネフライト(軟玉)

ヒスイの色のイメージとして、ほとんどの人は緑色を想像すると思います。緑色のヒスイは日本や中国で特に人気があります。

古くからヒスイは「玉(ぎょく)」と呼ばれていました。玉には2種類があり、一つは硬玉(こうぎょく)、もう一つは軟玉(なんぎょく)です。両者は混同されてきた歴史があります。

硬玉と軟玉は外観が似ていますが、両者は全く別な種類の鉱物です。硬玉がヒスイで、軟玉はネフライトのことです。英語で「玉」はジェード(Jade)と呼ばれています。硬玉はジェダイト(Jadeite)、軟玉はネフライト(Nephrite)と表示されます。最近ではウェブサイトで、ヒスイをジェダイトと表示していることもあります。

表は硬玉と軟玉の特性を比較したものです。第1項目に硬度が挙げられています。硬玉の数値が少し高く、それぞれの数値は7と6.5です。0.5の違いですが、硬玉はより硬いです。

中国では古くからヒスイの彫刻品が作られてきました。しかし、ヒスイ(硬玉)の彫刻品と思われていたものの多くはネフライト(軟玉)であることが判明しました。

ヒスイは中国で産出しません。ネフライトは産出します。本物のヒスイの彫刻品の場合、原石はミャンマーから輸入されて中国で加工されたものです。

硬玉と軟玉の特性比較表
硬玉と軟玉の特性比較
項目硬玉(ヒスイ・ジェダイト)軟玉(ネフライト)
硬度76.5
組織粒状組織繊維状組織
構成鉱物ヒスイ輝石角閃石
主な産地ミャンマー、日本中国、カナダ、ニュージーランド
彫刻適性優秀(粒状組織による)優秀(繊維状組織による)

ヒスイ(硬玉)もネフライト(軟玉)も彫刻に関して優れた素材となります。両者とも粘り強い性質を持っており、打撃や衝撃に対して強い性質を持っています。

特性表の第2番目に組織の項目があります。硬玉は粒状組織、軟玉は繊維状組織です。水晶のように単結晶で形成されている場合、1箇所に強い打撃を受けると、破壊が一気に全体に伝播して破損に至ります。

ところが粒状や繊維状の組織は多結晶であり、一つの粒、一つの繊維で破壊が留まる傾向にあります。破壊が全体にまで及びにくく、それゆえ彫刻に向いている素材になります。

この章のポイント
硬玉と軟玉は全く異なる鉱物で組織構造も大きく違う

緑だけではない多彩なヒスイの世界

ヒスイの色の話を深掘りしていきます。一般にヒスイは緑色のイメージがありますが、ヒスイは多彩な色で産出します。逆に産出しない色はピンク色とブルー色に限られます。

写真は豊富なカラー・バリエーションを示しています(写真出所:GIA)。写真の下側領域(約90度領域)は緑色系で占められています。

良質のヒスイは鮮やかな緑色です。半透明な鮮緑色が最高の評価を受けています。鮮やかな緑色の発色原因は微量に含まれているクロム(Cr)元素です。

ヒスイ(硬玉)によく似ている緑色のネフライト(軟玉)の発色原因は鉄(Fe)元素です。鉄による緑色は鮮やかさに欠け、暗緑色に見えます。

ヒスイの豊富なカラーバリエーション
ヒスイの豊富なカラーバリエーション(GIA提供)
発色原因発色場所特徴
緑色クロム(Cr)元素ヒスイ輝石内部鮮やかで透明感がある。最高評価
赤色酸化鉄粒界(粒と粒の境界)オレンジがかった赤色
白色不純物なし純粋なヒスイ輝石透明性が高いとアイス・ジェダイト
紫色鉄(Fe)・マンガン(Mn)元素ヒスイ輝石内部ラベンダー・ヒスイと呼ばれる
黒色カーボン(炭素)粒界ブラック・ジェダイト

写真の上側領域の中心部には赤色のヒスイが見られます。赤色の発色原因は酸化鉄と考えられています。この酸化鉄は本体であるヒスイ輝石の中に存在しているわけではありません。ヒスイは粒状組織をしており、粒と粒の間には境界があります。この境界に入り込んだ不純物が酸化鉄です。

写真の中央の左に白色のヒスイが見られます。ヒスイの本体、粒の境界に不純物が存在しない場合、白色となります。透明性が増すと、氷のような外観を示します。このようなヒスイは、アイス・ジェダイトと呼ばれています。

アイス・ジェダイトも粒の集合体ですから、粒界で光が散乱され、水晶のような透き通る透明性までには至りません。

写真の右上側には紫色のヒスイが見られます。紫色系のヒスイはラベンダー・ヒスイなどと呼ばれています。発色原因はヒスイ輝石の中に含まれている鉄(Fe)元素、あるいはマンガン(Mn)元素と推測されています。

ヒスイの中には黒色のブラック・ジェダイトもあります。一般に宝石の黒色は本体に含まれる不純物の量が多いことに原因していますが、ヒスイの黒色の原因は他の宝石と異なります。ヒスイの黒色は粒界に入り込んだカーボン(C、炭素)によるものです。カーボンの量が少ないと、灰色になります。

この章のポイント
ヒスイは緑以外にも赤・白・紫・黒など豊富な色彩を持つ

処理ヒスイの種類と識別方法

ヒスイは粒状組織をしているため、粒と粒の間には粒界が存在します。このような組織は染色されやすく、薄い緑色のルースを人工的に染色して、濃い緑のヒスイに仕上げる着色処理がしばしば行われています。

市場で流通するヒスイは、処理の有無によって以下のように分類されています:

分類処理内容特徴価値
Aヒスイ(Aタイプ)無処理自然な状態のヒスイ最も高価値
Bヒスイ(Bタイプ)樹脂含浸処理無色透明な樹脂(エポキシ樹脂など)を浸透させて外観を向上中程度の価値
Cヒスイ(Cタイプ)染色処理人工的に染色して色を濃くしたり色を変えたりしたもの低価値
B+Cヒスイ樹脂含浸+染色樹脂処理と染色処理の両方を行ったもの最も低価値

処理ヒスイと無処理ヒスイの違いは色溜まりなどで容易に分かることもありますが、確実に判定するには、鑑別機関が保有する装置(FTIR装置など)を利用する必要があります。

購入時には信頼できる鑑別書の有無を確認し、処理の詳細について明確に表示されているかをチェックすることが重要です。特に高価なヒスイを購入する際は、必ず専門機関の鑑別書を求めましょう。

この章のポイント
ヒスイにはA・B・C・B+Cの4つの処理タイプが存在

まとめ

ヒスイ(硬玉・ジェダイト)とネフライト(軟玉)は、長い間混同されてきましたが、実際には全く異なる鉱物です。硬度、組織構造、構成鉱物のすべてが異なり、産地も大きく違います。中国の古い彫刻品の多くがネフライト製であることは、この混同の歴史を物語っています。

ヒスイの色彩は一般的にイメージされる緑色だけでなく、実に多様です。クロムによる鮮やかな緑、酸化鉄による赤、純粋な白、鉄やマンガンによる紫、炭素による黒など、それぞれ異なる発色メカニズムを持っています。アイス・ジェダイトやラベンダー・ヒスイなど、特別な名称で呼ばれる美しい品種も存在します。

市場では処理の有無によってA・B・C・B+Cの4つのタイプに分類されており、購入時には正確な情報の確認が重要です。自然が生み出した多彩な美しさを持つヒスイの世界を理解し、本物の価値を見極める目を養ってください。

この記事のまとめ
  • 硬玉(ヒスイ)と軟玉(ネフライト)は全く別の鉱物
  • 中国ではネフライトが産出するがヒスイは産出しない
  • ヒスイは緑以外にも赤・白・紫・黒の豊富な色彩
  • 色ごとに異なる発色メカニズムを持つ
  • A・B・C・B+Cの処理タイプ分類が存在
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